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浦和戦の大惨敗が示すもの、それは車屋紳太郎がいかに”偉大な左サイドバック”であるかの証だ。

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 13日、埼玉スタジアムで行われたACL準々決勝第2試合、浦和レッズvs川崎フロンターレを記者席から観戦。結果は1-4と惨敗。合計スコア4-5で歴史的な逆転敗退を喫することとなった。



 今季のこれまでの戦いを見ていると、守備の粘り強さで頭角を現しつつあった鬼木フロンターレが、決して本調子とは言えない浦和相手にここまで崩壊させられるとは正直予想だにしていなかった。もちろん、DF車屋紳太郎が前半の段階で退場処分となったことは痛恨の極みだったものの、それでもまさかひっくり返されるとは思ってもいなかった。サッカーは恐ろしいスポーツだと実感した瞬間でもあった。



 だが、ネガティブな話はここまでにしたい。川崎サイドからしたら悪夢のような試合であったことに間違いはない。だが、今回は、なぜ川崎は大逆転負けを喫したのか?というテーマで書こうとは思っていない。



 ここでは、switch the side、視点をサイドチェンジしてこの試合を振り返ると、この悲劇的な逆転負けを喫したことにより、このチームに不可欠な存在が浮かび上がってくる。それこそが、この試合で退場した車屋だ。



 試合後の記者会見、鬼木達監督は退場の車屋について、こう語った。



「彼はこのチームに欠かせない存在。この試合で彼に対する何かが変わるということは全くない」



 落胆と失意を隠し切れずにいた鬼木監督が、その会見内で唯一、言葉に力を込めた場面だった。この言葉に、全てが詰まっているように感じた。



 約4年半続いた風間政権は昨季限りで終焉を迎え、今季から鬼木新体制の下、チームに新たな息吹が吹き始めている。最もわかりやすいのは、新加入のMF阿部浩之の存在。ガンバ大阪時代にはハードワークを最優先に求められ、決定機に絡む機会の少なかった阿部が、川崎で初年からゴール、アシストともに飛躍させているのは、鬼木監督の起用法がハマった賜物でもある。



 しかし、鬼木監督就任から最も変革がもたらされたのは、実は車屋なのではないかと個人的には感じている。



 鬼木監督は今年1月末の新体制発表会で、チーム作りにおいて強調したのは、「球際で負けない、ハードワーク、攻守の切り替え」だ。阿部はまさに前線でその3カ条を体現していると言えるが、後方では車屋がこれを忠実に遂行している。攻撃に果敢に参加する姿勢は貫く上で、守備の際はいち早く戻り、ボールホルダーにガツガツ体を当てにいく姿が例年以上に印象的となっている。



 川崎はここまでのリーグ戦で失点数は下から5位とまずまずだが、1試合あたりの失点数で見てみると3位に浮上し、これまでに比べて明確に守備の改善が成されているのが明白だ。



 そして、車屋はリーグ戦25試合中25試合で先発フル出場。この皆勤賞DF谷口彰悟を含め、フィールドプレイヤーでわずか2人だけだ。以前までは敵陣に駆け上がった際に裏を取られるシーンが度々あったが、今季はそのような場面がほとんど見受けられず、攻撃おいてもアシストを既に4つ記録している。



 率直に言って、現在のJクラブを見渡しても、車屋ほど攻守において磐石なレフトバックは見当たらない。日本代表に選出されていないのが不思議なくらいだと個人的には思っている。



 冒頭でなぜ川崎は大逆転負けを喫したのか?というテーマでは語らないと宣言したはずだったが、浦和戦の車屋退場は、川崎にとって、ただ単に数的不利に陥ったという問題ではなかったということだ。



 言いたいのは、あの試合で喫した大惨敗こそが、現在の川崎における車屋の重要度を物語る証なのではないか、ということだ。そして、あれほどの優秀な左サイドバックを擁していることは、川崎にとって最大の武器の1つであることを決して忘れてはならない。



【了】



城福達也文 text by Tatsuya Jofuku





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